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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)5019号 判決 1961年6月30日

原告 インターナシヨナル、ユニオン、ラインズ、リミテツド

被告 株式会社伴野グラザース

主文

被告は、原告に対し、金七、二二〇、九〇〇円及びこれに対する昭和三二年一一月一六日から完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金二、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一双方の申立

原告は、主たる請求につき、「被告は、原告に対し英貨七、一六三磅一二志二片及びこれに対する昭和三二年一一月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言を、予備的請求につき、主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被告は請求棄却の判決を求めた。

第二原告の主張

一、主たる請求の原因

(一)  原告は、肩書地に主たる事務所を有するリベリア国法人であつて、汽船ユニオン・バンカー号(総トン数三六九〇トン四)を船主台湾台北市館前路八号復興航業公司(チヤイナ・ユニオン・ラインズ・リミテツド)より傭船し、所謂長期傭船船主として運航し、又その他の船舶を所有又は傭船運航して海運業を営むもの、被告は肩書地に主たる事務所を有し貿易業を営むものである。

(二)  原告は、昭和三一年六月二六日、東京において被告と左記内容の傭船契約を締結した。

(1)  原告は、被告に対し、原告が長期傭船船主として運航する前記汽船ユニオン・バンカー号を引渡の日より向う一年間被告に貸与すること。

(2)  傭船料は、各三〇日毎に英貨一二、〇〇〇磅と定め、右引渡の日より返還の日まで三〇日毎にロンドンにおいて前払をすること。

(3)  もし被告が右傭船料の支払を怠つたときは、原告は、なんら催告を要せず本契約を解除し右汽船を傭船者の役務より引揚げる権利を有する。

(三)  原告は、昭和三二年一月三〇日午前九時に右汽船を被告に引渡し、以後被告は、同船を使用して所定の傭船料を支払つていたが、同年六月二九日に至り同日午前九時までに支払うべき同日同時刻以降三〇日分の傭船料を支払わないので、原告は、同年七月一五日被告に対し本契約を解除する(その効果は同船が次の積荷港に到着した時に発生する)旨の意思表示をなし、右意思表示は、翌一六日ごろ被告に到達した。同船は、同年七月一七日午前六時四九分次の積荷港である愛媛県新居浜港に到着したので、解除の効果は、この時に発生した。

(四)  よつて、原告は、本訴において被告に対し、昭和三二年六月二九日午前九時から右到着日時にいたる期間に対する所定料率による傭船料七、一六三磅一二志二片及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三二年一一月一六日から完済まで商事法

二、被告の抗弁(第三の二)に対する主張

抗弁(一)の事実を否認する。本件傭船契約につき外国為替及び外国貿易管理法(以下「外為法」という)上の許可をうけていないかどうかは知らないが、同法上の許可のごときは契約の効力要件でなく、従つて本件契約は右許可を停止条件として締結されたものではない。

抗弁(二)の主張を争う。外為法二七条及び外国為替管理令(以下「外為令」という)一一条にいう「支払」とは現実に金銭の支払をすることをさし、裁判所が判決によつて支払を命ずることはここにいう「支払」のうちに含まれないと解すべきである。被告が判決に基いて任意に弁済し、又は原告が強制執行により現実に支払をうける場合に主務大臣の許可を必要とするにすぎない。

抗弁(三)の合意解除の事実を否認する。訴外日東商船株式会社(以下「訴外会社」という)がユニオン・バンカー号を使用したのは、被告が訴外会社との間で同船の再傭船契約をなすことを原告が承認したことによるものである。

三、予備的請求の原因(その一)

かりに本件傭船契約の締結につき主務大臣の許可がないため右契約が無効であるとしても、右無効の原因は専ら被告の詐欺又は少くとも被告の契約締結上の過失によるものであるから、被告は、原告の損害を賠償する義務がある。すなわち、被告は、本件傭船契約につき主務大臣の許可がないため無効であることを知りながらこれを秘し、又は傭船業者として当然知るべきに拘らず過失によりこれを知らずして、あえて右許可申請手続をせず、原告の無知に乗じて本件傭船契約を締結し、船腹を提供せしめた。そのため、原告は、昭和三二年六月二九日午前九時から同年七月一七日午前六時四九分までの期間の傭船料相当額の損害をこうむつたが、その額は、本件傭船契約における右期間の傭船料を邦貨に換算した金七、二二〇、九〇〇円を下らない。よつて、原告は、被告に対し金七、二二〇、九〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から完済にいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、予備的請求の原因(その二)

被告は、無効の本件傭船契約によつて原告に船腹を提供させ、その利用価値相当の利益をなんら法律上の原因なく取得した。すなわち、原告は、前記期間の本件傭船料額金七、二二〇、九〇〇〇円の損失をこうむり、悪意の受益者たる被告は、原告の損失において、右金額以上の利益(けだし被告は再傭船を業としていた)を取得した。よつて、原告は、被告に対し金七、二二〇、九〇〇円及びこれに対する前項同様の遅延損害金の支払を求める。

五、予備的請求に対する被告の抗弁(第三の五)について

民法七〇八条本文にいう「不法」とは公序良俗違反に限られ、単なる強行法規違反を含まない。かりに強行法規違反が含まれるとしても、本件のように原告が違反の認識を欠いていた場合には、同条本文の適用が排除されるか又は同条但書が適用されるべきである。

第三被告の主張

一、主たる請求の原因に対する答弁

(一)及び(二)の事実は認める。但し原告が汽船ユニオン・バンカー号を傭船して長期傭船船主となつたのは昭和三二年三月ごろ以降であつて、それ以前には原告は傭船者でなく訴外会社が直接チヤイナ・ユニオン・ラインズ・リミテツドから傭船していたものである。(三)の事実中原告主張の頃本件契約解除の意思表示が被告に到達したこと原告主張の日時に右汽船が新居浜港に到着したことは認めるがその余は否認る。

二、被告の抗弁

(一)  本件傭船契約は外為法四二条、三〇条により日本国政府の許可をうけなければ締結できないので、右許可のあることを停止条件として締結されたものであるが、許可がないため、右契約は、効力を生じていないのである。

(二)  しかも外為法二七条による許可なくして外貨による支払をすることはできないのであるから、許可がないのに被告に対し契約上の義務の履行を求めることは失当である。

(三)  本件傭船契約は、昭和三一年七月末ごろ原被告間で合意解除された。そしてそのころ訴外会社は、主務大臣の許可をうけて直接船主たるチヤイナ・ユニオン・ラインズ・リミテツドとの間にユニオン・バンカー号の傭船契約を結び、同船を運航使用したが、許可の期限が翌三二年三月末日できれるため、同月訴外会社は、新に同船の長期傭船船主となつた原告との間に傭船契約を締結し、これについても許可をうけて、同船を継続使用した。原、被告間の契約が合意解除されたことは右の事実によつても明らかである。

三、予備的請求の原因(その一)に対する答弁

被告に詐欺又は契約締結上の過失あることを否認する。本件傭船契約に主務大臣の許可を要することは原告においてもその業務上熟知していたところである。また右許可申請手続は、被告の名義でなすべきものであるが、原告の協力を要するから、結局原被告双方にその責任があるのである。

しかも訴外会社が前記のように許可申請をなし、許可をうけてこれを使用していたのであるから、被告は、右の事実を無視して許可申請をすることはできないのみならず、既に許可申請の事由は消滅していたから、いずれにしても被告に許可申請上の責任はない。

四、予備的請求の原因(その二)に対する答弁

右原因事実はすべて否認する。

五、予備的請求に対する抗弁

原、被告間の行為は、善意で法の裏をくぐる意思はなかつたとしても将来の取引上の信用確保のためになした闇行為の連続というべく、たとえ原告に損害が発生したとしてもそれは原告のなした不法原因給付に基因するものであるから、原告は被告に対して損害賠償ないし不当利得返還を求める権利はないといわなければならない。

第四証拠

原告は、甲第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第一八号証を提出し、証人服部繁雄、同方 生の各証言を援用し、乙号各証の原本の存在及び乙第一、二号証の各四、五の成立は認めるがその余の乙号各証の成立については知らないと答えた。

被告は乙第一、二号証の各一ないし八を提出し、証人服部繁雄の証言を援用し、甲第一号証の原本の存在及びその成立、甲第二号証の一、二の官署作成部分の成立はいずれも認める、甲第二号証の一、二のその余の部分と甲第一〇号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は全部認めると述べた。

理由

一、(主たる請求について)

原告主張の第二の一の(一)の事実及び汽船ユニオン・バンカー号(以下「本件船舶」という)につき、昭和三一年六月二六日東京において、リベリア国法人たる原告と日本国法人たる被告との間に原告主張の内容の傭船契約(以下「本件傭船契約」という)が成立したことは当事者間に争がない。

被告は、右契約は、停止条件付のもので、効力を生じていないと主張する。ところで、準拠法についての契約当事者の意思は分明でないから、法例七条二項により行為地法たる日本法を適用して、本件傭船契約の効力につき判断する。

原本の存在及びその成立につき争がなく、かつ弁論の全趣旨により本件傭船契約書であることが認められる甲第一号証には外為法上の主務大臣の許可をもつて本件傭船契約の停止条件とする旨の記載はなく、他にも当事者が明示の意思表示により右許可を停止条件としたことを認めるにたりる証拠はない。しかし本件傭船契約は、本来外為法四二条、外為令一七条一、二項により主務大臣の許可をうけなければ締結することができないのであつて、経済統制法としての外為法の目的(同法一条)にてらし、同法及び外為令の前示規定は単なる取締規定ではなく、強行法規と解しなければならない。しかるに本件傭船契約締結前に主務大臣の許可をうけていなかつたことは証人服部繁雄の証言と弁論の全趣旨によつて明らかであるから、他に特段の事情が認められない本件においては、本件傭船契約は主務大臣の許可があることを停止条件として締結されたものと認めるのが相当である。しかし法律行為の効力をいつまでも不安定なまゝにしておくことは当事者の意思にも合しないから、社会通念上相当と考えられる期間を経過してもなお右許可のないときは、前記条件はもはや成就しないことに確定するとみなければならない。

ところで証人服部繁雄の証言と弁論の全趣旨によると、本件傭船契約については締結後数年を経て現在に至るまで、許可の申請は遂になされず、従つて当然主務大臣の許可もなかつたことが認められるから、本件傭船契約の停止条件は、既に成就しないことに確定し、契約は、結局その効力を生じなかつたもの、すなわち結果的には無効というべきである。

従つて、被告の抗弁は、理由があり、本件傭船契約の有効を前提とする原告の主たる請求は排斥をまぬかれない。

二、(不当利得返還の請求について)

原告の予備的請求(その一)と(その二)とは、互に択一的な関係に立つと考えられるから、まず、後者すなわち不当利得返還の請求について、判断する。

成立に争のない甲第一、三、四、七ないし九、一一ないし一四、一七、一八号証、乙第一、二号証の各四、五証人服部繁雄の証言により成立を認める甲第一〇号証、乙第一、二号証の各一、二(右甲第一号証及び乙号各証の原本の存在についてはいずれも争がない)の各記載、証人服部繁雄、同方 生の各証言と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

本件傭船契約に基き、原告は、昭和三二年一月三〇日午前九時大阪において本件船舶を被告に引渡した。ところで、これよりさき昭和三一年一二月四日、被告は本件傭船契約書の再傭船条項に基き訴外日東商船株式会社(以下「訴外会社」という)との間に再傭船契約を締結した(その期間は同年一二月なかばころから一応六ケ月ということにした)。

本来被告は、本件傭船契約につき外為法による許可申請をなすべきものであるが、諸種の事情から被告自らはこれをせず、訴外会社において直接に船主から傭船する形式を仮装して許可申請をなすことを訴外会社に依頼した。そこで訴外会社は、まず昭和三一年七月二七日、本件船舶の所有者チヤイナ・ユニオン・ラインズ・リミテツド(原告の姉妹会社)から直接傭船する形式の契約書案を添付して、大蔵大臣に対し役務に関する契約の許可を申請し、同年八月九日その許可をうけた。更に訴外会社は、右許可の期限が翌三二年三月末日できれるため、同年四月一一日付で、原告(原告は同年一月ごろ本件船舶をチヤイナ・ユニオン・ラインズ・リミテツドから長期傭船して、船主と同様の地位に立つた。)から直接本件船舶を傭船する形式の契約書案を添付して右同様の許可を申請し、同月二三日その許可をうけた(これにさきだち被告は、右のような形式をとるについて一切の責任を自ら負う旨約して、原告の承諾をえた)。

訴外会社は、前記再傭船契約に基き被告から本件船舶の引渡をうけてこれを運航するとともに、被告の依頼により被告にかわつて本件傭船契約所定の傭船料をロンドンヘ送金して原告に支払つてきた。しかし昭和三二年六月一一日、訴外会社は、再傭船契約の期間満了により本件船舶を返還すべき旨を被告に通告し、おそくとも同月二八日までに、敦賀港においてこれを被告に返還した。被告は、以後少なくとも同年七月一七日午前六時四九分に本件船舶が新居浜港に到着するまでの期間、同船を占有使用した(右到着の日時は当事者間に争がない)。一方、原告は、同年六月二九日午前九時までの傭船料相当額は前記方法により訴外会社を通じて支払をうけたが、それ以後は何人からも本件船舶使用の対価を受領していない。

以上の認定を覆えすにたりる証拠はない。

よつて、法例一一条一項により、被告の利得の原因となつた本件船舶の占有移転が現実に行われた地の法律、すなわち日本法を適用して被告の不当利得返還義務の存否を判断する。

被告が本件船舶をみずから使用した前記期間は本件傭船契約所定の有効期間内であるけれども、右契約が効力を生じなかつたことは前示のとおりであり、他に被告が本件船舶を使用するにつき法律上の原因があつたことを認めるにたりる証拠はない。かえつて前掲証拠によれば被告はなんら法律上の原因なくして本件船舶を使用したもので、これにつき被告は当時すでに悪意であつたと認められる。そして右使用により被告がうけた利益は、他に特段の事情の認められない本件では、本件傭船契約所定の傭船料相当額と認めるのが相当である。

他方原告のこうむつた損失の額は、本件傭船契約が有効であつたとすれば原告が昭和三二年六月二九日午前九時から同年七月一七日午前六時四九分までの期間につき取得しうべかりし傭船料額を下らないものと推認すべきである(右期間の始期は被告、訴外会社間の再傭船契約の期間満了後であるし、前示乙第二号証の四によると訴外会社からの許可申請書に添付した同社と原告間の契約書案には、契約の期間を一応昭和三二年六月末日までとし、訴外会社の選択により十日間の増減が可能であると明記されていることが認められるが、原告と訴外会社間の契約が実は存在しなかつたことは前認定の事実により明らかである。従つて、いずれにしても原告は訴外会社に対し同年六月二九日以降の傭船料を請求することはできないのである)。そうすると、被告は、少なくとも右期間中、本件船舶を使用し、原告の損失において右期間の傭船料相当額を不当に利得したものというべく、右金額(邦貨換算)が原告の請求する金七、二二〇、九〇〇円を下らないことは計数上明らかである。従つて被告は悪意の受益者として、これに利息を附して原告に返還する義務がある。

被告は、原告は不法原因により給付をなしたものであるから不当利得の返還を求めることはできないと抗弁する。しかし、本件傭船契約は許可あることを停止条件として締結されたものであること前示のとおりであるのみならず、許可のないうちに被告に対し現実に船腹を提供した原告の行為がそれだけで民法七〇八条の不法原因給付にあたるものということはできない。他にも原告のなした給付が右規定にいう不法原因によるものであることを認むべき証拠はない。被告の抗弁は理由がない。

よつて被告は原告に対し金七、二二〇、九〇〇円及びこれに対し利得発生後である昭和三二年一一月一六日から完済にいたるまで商事法定利率年六分(被告が貿易業を営む者であることは、当事者間に争がないから、被告は商人である。従つて、商人たる被告が前認定の経緯により、負担するに至つた本件不当利得返還債務は商法五一四条にいう商行為により生じた債務にあたるものと解するのが相当である。)の割合による遅延利息を支払うべき義務がある。よつて、被告に対し右義務の履行を求める原告の予備的請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚 右川亮平 楠本安雄)

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